プレッチーニョ・バビロンという映画の監督へのインタビュー
6月 17, 2008
カビ・ボルジェスは経済学を専攻し、現在は映画大学を終了するところだ。カビデオの創設者であり、芸術映画を専門とするオルタナティブなリーダーだ。リオの映画ムーブメント復活に貢献した。現在は、「Curtas na Prateleira」 というプロジェクトを通して、ショートフィルムの普及に努めている。

©CinePE
どのようにして『プレッチーニョ・バビロン』の発想を思いついたのですか?
プレッチーニョ・バビロンは1978年に制作されたクラシックなジャマイカ映画『ロッカーズ』のリメイクです。このオリジナル版は、俳優達はよく知られたレゲーミュージシャン。この映画レゲーを普及させるために制作されました。プレッチーニョ・バビロンの中ではファンキ・ムーブメントの一つのアイコンであるMr.カトラ、B・ネガゥンというリオのヒップホップアイコン、またその他さまざまなアンダーグラウンド音楽シーンのアーティスト達が登場しています。サウンドトラックも『ロッカーズ』オリジナル版のように、すべて未加工なままのダブ。ポリソンはブラジルで最後のレコードの工場で、映画の始めのシーンで撮影したところで使用しています。この映画は特にデジタルダブというジャマイカ音楽で有名なサウンドシステムを中心に構成されたサウンドトラックです。

この映画は自転車ロードムービーですが、映画撮影などは最初どのようにイメージしていましたか?
ロッカーズでは主役の男がラスタファリのシンボルとして、装飾を施したバイクにまたがりディスクが売られます。僕たちもきれいにジャマイカの国旗カラーに塗った自転車を使用しているんですよ。カメラも、特別に色が引き出されているようなところはmini-dvで、スーパー8では、70年代のロッカーズの美しさを再現するために使いました。この映画はカラフルなものにしたかったというのもあるんだけど、“オールドスクール”のような見た目にもしたかったんです。
この映画は、キャストにはファンキカリオカやダブといいたマイナーなジャンルで活躍するアーティストまたは俳優がいますが、こういった俳優とどのようにして知り合えたのですか?
彼ら(俳優)とはデジタルダブを通して知り合いました。デジタルダブ自身がそのアーティストたちと協力してブラジルで独自のダブスタイルを作ろうとしているんです。
ロケーションの一つにはすでになくなってしまった南米唯一のレコード工場が使われたというのは本当ですか?そこでの撮影はどうでしたか?
僕たちはあそこで撮影をするためにほとんど3か月交渉を続けました。工場の主人が嫌がっていたんです。前に嫌な経験をしていたからだろうと思います。すべての機材を持ち、スタッフも集めてずうずうしくも、ずっとお願いをしました。どうしてもあそこで撮りたかったんです。ベルフォード・ロショ、リオのレゲーが始まったあの地区で。いうまでもないが、ブラジル音楽、リオの音楽シーンにとってあの工場の偉大さはとてつもないものだったから。不幸にもそのすぐあと、工場は閉鎖してしまいました。おそらくこの映画が最後の記録だろうな。
プレッチーニョ・バビロンの中で日本人の聴衆に注意してみてもらいたいことは何ですか?
この映画はもう一つの違う映画に影響を受けているからからとても難しいと思う。ロッカーズを見たことがある人はこの映画を分かるかもしれません。影響を受けている上に、ダブのピアーダ(ブラジリアン・ジョーク)があって日本人には中々分からないんじゃないかな。また、俳優(ミュージシャン)達がリオでは得に知られていますが、日本人には関係ないですよね。日本人の観客に興味を持ってもらえるのはおそらくリオ・デ・ジャネイロの街の様子じゃないかなと思います。この映画はすべて本物だし、ポストカードには出てこないようなもっとオルタナティブなところをこの映画では見せています。
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