Archive for 6月, 2008

Roberto Maxwell監督へのインタビュー

ロベルト・マクスウェルは、リオ・デ・ジャネイロの州立大学で地理学を卒業し、エスタシオ・デ・サ大学で映画を学んだ。12以上のショートフィルムプロ ジェクトをすでに行い、その他の活動も起こっている。そのうちの一つが日本に暮らすブラジル人の現実を映し出した『デカセギ』だ。現在、静岡大学大学院で 社会学を専攻し、「日昇る国」で生まれたブラジル人のアイデンティティに焦点を当て、学んでいる。2007年の東京ブラジルデーで撮影されたショートフィ ルム『愛すべき祖国―ブラジル』は、その場でカメラを回しながら即興でいろんな人たちに話を聞いたドキュメンタリーだ。

Roberto MaxwellとThe RabadasのSabrina Hellmeister

1. 『Tá Tudo Dominado(すべては支配されている)』のアイディアはどのようにして生まれたのですか?

『Tá Tudo Dominado(タ・トゥド・ドミナード)』は僕がまだ学生の時に、リオ・デ・ジャネイロで撮った作品です。もっと若い時は、バイリ・ファンキの一番のメッカだったバイシャーダ・フルミネンセに住んでいました。でも、小さな頃から、ファンキはギャングが聞く音楽だってよく言われていたし、僕の家族はプロテスタントでバイリファンキに行くなんてありえなかった。でもファンキはとても強い文化だからそれを無視することなんてできませんでした。大学の地理学を専攻し始めた時、ファンキ好きの友達ができ、その子は歌詞からダンスまで全部を知っていたました。その子を通して、ファンキを違う目でみるようになったのです。最終的には、僕は映画の大学に入り、中流階級とファンキの間の関係を見せるドキュメンタリーを作りたいと思うようになりました。でも、主人公になるはずだった人がドタキャンしてしまったため、僕らは何も知らず一台のカメラと数人のスタッフで撮影を始めたのです。僕らは映画を製作するために、まずファンキの世界を切り開いたDJマルボーロを探しました。ファンキのパーティーを訪ね、アーティストと知り合うようになり、そうやってファンキ界で有名な人にどんどん会って、インタビューをし、編集段階になってやっとこの映画は形になってきたんです。ファンキのムーブメントについて語る人が多いけれど、もっと深いところでは多くの声があって、本当に簡単なことで衝突したり、また、同調したりもしています。この映画はそういったことを考えさせる作品です。

2.映画はどのような場所で撮影したのですか?そのような場所での撮影はどうでしたか?
僕らは4つの地区でバイリ・ファンキを収録しました。ひとつはバイシャーダ・フルミネンセで、もうひとつはセントロからとても離れている場所。それは僕が昔そこに住んでいた時にいつも遠くから聞いていた典型的なバイリ・ファンキでした。本当に最高で、心地いいファンキです。その後、中流階級から高所得者層のたくさんの人が訪れるバハ・ダ・チジュカに行きました。その場所も相当やばい(かっこいい)ところで、最高のファンキ。でも、同じグルーブではありませんでした。その後、カステーロ・ダス・ペドラスというファンキでとても有名なところへ行っき、そこではじめてバイリファンきとはどんなものか、それがどれだけ人々を結びつける力を持っているのかが分かったのです。バーハ・ダス・チジューカにはファヴェーラがあったからリオのオダイバってところかな。すべての社会階級の人々がいますよ。ファンキにはゲイもたくさんくるし、それにけちつけるやつなんかいません。最後にロチーニャのパーティーを撮影しに行きました。ここも最高(笑)。でも、そのパーティーは規模の小さいもので、ファンキ・アーティストしか集まっていなく、あまり盛り上がっていなかったんだけどね。

3.ブラジルではなぜバイレ・ファンキがいまだにマイナーなジャンルといわれるんですか?こんなに受け入れられているにもかかわらず。
『Tá Tudo Dominado(すべては支配されている) 』を撮った時からいろんなことが変わりました。今日、バイレ・ファンキは世界的にもよく知られているけど、外国で一番知られているファンキのバンドは(クリチーバの)中流階級出身の”ボンヂ・ド・ホレ”です。彼らはファンキをどうやって世界に通用させるかとういことを知っていました。では、なぜファヴェーラのファンキアーティストは外国では売れないのか?そう思いませんか?才能があるなしの問題じゃなく、アクセスの問題だと僕は思います。その点、ファンキはまだまだマイナーです。ブラジルでファンキをやっているのは、貧乏な人、そして十分な教育を受けていない人たちです。だからファンキの「国際化」に参加できていません。彼らがそうしたいのかも分からないけど、彼らがまだそこに到達していないということなのです。また、面白いのは、リオのファンキは、ブラジル北部のブレーガ(フォホーのような音楽)のように貧困の象徴だとされていることです。ファンキをマーケットに出すレコード会社はほとんどないし、ちゃんとパッケージされてお店に並べられるCDも少なく、ほとんどは露天商の手によって直接売られているし、貧乏人が買えるような有名なミュージシャンの海賊版のCDと同じ値段で売られています。しかもほかのアーティストのようにみんながファンキをアルバムにしているわけではなく、ファンキストたちはショーを生業にしています。それに、ショーをするために彼らは音楽を必要としているのです。これがファンキになんです。聴衆に聞かれて成功すればアーティストとして生き残り、音楽でより金を稼ぐことができる。そういうわけで、ファンキはほかのジャンルとは少し違うビジネスになっています。ヘリオ・オイチシカ(学者)の言葉を借りると、「彼らはマージナルではなく、英雄だ」ということでしょう。

4.『Ta Tudo Dominado』の中で日本人の聴衆に注意してみてもらいたいことは何ですか?
ファンキを一つのブラジルポップ音楽として理解してもらえたらすごくいいと思います。ファンキをやっているアーティストたちは社会にどのような扱いをされているか、どのような偏見があるかということに注目していくれれば。また、さらに言えば、20世紀初期のサンバムーブメントと比較してくれてると嬉しいです。日本人でサンバについて詳しい人やサンバが好きな人はたくさんいるのは知っているけど、サンバの歴史を知っている人は少ないだろうから、比較してなんて難しいことを言うのもなんですが、万が一その社会的要素に気付かなかったとしても、ファンキのビードでみんなを揺さぶるこができれば、僕にはそれ以上の喜びはありません。

THE RABADAS CINEMA CLUBEのデビューイベントは今度の7月6日。情報へクリック

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6月 27, 2008 at 10:39 pm コメントをどうぞ

Luciano Vidigal(ルシアーノ・ヴィジガル)へのインタビュー

ルシア―ノ・ビヂガルはグループ「丘の私たち」で15年間役者として活動している。これまで様々な映画に参加してきた。現在、演劇と映画の授業で新しい ショートフィルムを製作中だ。『Cinco Vezes Favela – Agora Por Eles Mesmos:ファヴェーラで5回―今こそ自らは作っている』という映画プロジェクトの監督の一人でカカー・ヂエゲス(Deus É Brasileiro:神様はブラジル人, Xica da Silva:シカ・ダ・シルバ、 Bye Bye Brasil:バイバイ、ブラジル)


1.ネギーニョとキカのアイディアはどのようにして生まれてたのですか?
ファヴェーラの麻薬密売人の組織は強く、自尊心の低い若者たち、チャンスを与えられない若者たちを魅了するってことをこの映画では見せています。ネギーニョは僕の一番下の弟なんです。僕はネギ―ニョを助けたおじ役。このシナリオはずいぶん前に書かれていて、カビが最後にこのプロジェクトを推し進めるのに手を貸してくれたというわけ。

2.映画は「映画の中の私たち」というプロジェクトの中で制作されたもんですが、プロジェクトについて説明していただけますか?

本当のことを言うと、「シネマの中の私たち」ではなく、「モーホ(丘)の私たち」なんだ。みんな混乱しちゃうんだけど。「丘の私たち」はもう20年も前から活動している演劇グループで、10年前から映画中心になりました。このグループに必要不可欠なのはビヂガルの丘の住人たち(リオ・デ・ジャネイロ南部)。「映画の中の私たち」は映画『シティ・オブ・ゴッド』の後生まれて、いろんなコミュニティの人たちを抱えています。「丘の私たちプロジェクト」は20年前に演劇学校として始まりました。10年後ロザー二・スバルトマン(映画『Como Ser Solteiro:独身』の監督)とビニシウス・レイスが映画を中心として創りました。プロジェクトの核として映画の理論と実践を学べるオーディオビジュアルの学校を運営し始めました。生徒としてスタートして、今はそこの教師をやっています。また新たな教師を生みだすためにやっています。授業はすべて無料で生徒たちはコミュニティの住人たちです。

3.どのように俳優を選んだのですか?彼らはヴィジガルの住人でしょうか?映画に参加し、どのように彼らの生活に影響を与えましたか。

すべての俳優が「丘の私たち」グループのメンバーだ。あそこには約500人の演劇の生徒がいるから、いい俳優にはこと欠きません。主人公は僕の別の兄弟です。この僕らの映画を製作している時、みんなどんな形でもいいから参加したがっていました。たとえ撮影現場をほうきで掃くだけでも。こうやって映画を製作するということは、世界にむけて何かを発信しているということだと僕らには分かっています。こういった形でコミュニティのみんなが表現しているということがうれしいし、誇りに思います。映画の後に何かが変わることとの関係については、確かに常に何かを変えました。けど、現実にはすでにみんなこの分野に慣れてしまって、もう目をくらますようなこと少なくなってきました。僕たちにとって表現する、映画を撮るということは「仕事」だから、仕事としてきちんと考えています。

4.日本にいる人たちはファヴェーラの生活を暴力にあふれてものと考えています。このような状況の中でどのように撮影は行われたのですか。
ファヴェーラは暴力だけではありません。ヴィヂガルは多くて30人のマフィアに対して、10万人の善良な市民が暮らしています。そこには労働者もいるしアーティストもいる。どこにでもいるような普通の人達がいます。本当にあそこの生活は快適だとさえ思いますよ。もちろん、裏の世界はものすごい狂っていて、僕たちの人生にも少なからず影響を及ぼすことになります。この映画がファヴェーラの暴力のイメージを助長するようなものではあってほしくない。でもその話をする必要があるんです。僕の家族と人生を象徴するものだから。本当は、この映画は恋愛物語の映画。撮影に関して言えば、マフィアとは何のトラブルもなく、スムーズに進めることができました。もちろんマフィアたちも僕らが何をしているかということはすべて把握していましたから。

5.『ネギーニョとキカ』の中で日本人の聴衆に注意してみてもらいたいことは何ですか。
ブラジルが彼らの現実と違うように、ここに富める者はとことん富み、貧しいものはとても貧しいという馬鹿げた社会が存在している。それにもかかわらず、貧しい人もお金持ちも隣り合わせて毎日生活をしています。ここはまさにかの貧富の格差で有名な街そのもの。おそらくですが、この麻薬密売人の状況は、金がものを言い、自分たち独特の法律やルールを持つ日本の「ヤクザ」と似ているかもしれません。

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6月 23, 2008 at 10:45 am コメントをどうぞ

Cinema @ Brazilian Embassy

6月 21, 2008 at 1:33 am コメントをどうぞ

プレッチーニョ・バビロンという映画の監督へのインタビュー

カビ・ボルジェスは経済学を専攻し、現在は映画大学を終了するところだ。カビデオの創設者であり、芸術映画を専門とするオルタナティブなリーダーだ。リオの映画ムーブメント復活に貢献した。現在は、「Curtas na Prateleira」 というプロジェクトを通して、ショートフィルムの普及に努めている。

©CinePE

どのようにして『プレッチーニョ・バビロン』の発想を思いついたのですか?
プレッチーニョ・バビロンは1978年に制作されたクラシックなジャマイカ映画『ロッカーズ』のリメイクです。このオリジナル版は、俳優達はよく知られたレゲーミュージシャン。この映画レゲーを普及させるために制作されました。プレッチーニョ・バビロンの中ではファンキ・ムーブメントの一つのアイコンであるMr.カトラ、B・ネガゥンというリオのヒップホップアイコン、またその他さまざまなアンダーグラウンド音楽シーンのアーティスト達が登場しています。サウンドトラックも『ロッカーズ』オリジナル版のように、すべて未加工なままのダブ。ポリソンはブラジルで最後のレコードの工場で、映画の始めのシーンで撮影したところで使用しています。この映画は特にデジタルダブというジャマイカ音楽で有名なサウンドシステムを中心に構成されたサウンドトラックです。

pretinho-vinil.jpg

この映画は自転車ロードムービーですが、映画撮影などは最初どのようにイメージしていましたか?
ロッカーズでは主役の男がラスタファリのシンボルとして、装飾を施したバイクにまたがりディスクが売られます。僕たちもきれいにジャマイカの国旗カラーに塗った自転車を使用しているんですよ。カメラも、特別に色が引き出されているようなところはmini-dvで、スーパー8では、70年代のロッカーズの美しさを再現するために使いました。この映画はカラフルなものにしたかったというのもあるんだけど、“オールドスクール”のような見た目にもしたかったんです。

この映画は、キャストにはファンキカリオカやダブといいたマイナーなジャンルで活躍するアーティストまたは俳優がいますが、こういった俳優とどのようにして知り合えたのですか?
彼ら(俳優)とはデジタルダブを通して知り合いました。デジタルダブ自身がそのアーティストたちと協力してブラジルで独自のダブスタイルを作ろうとしているんです。

ロケーションの一つにはすでになくなってしまった南米唯一のレコード工場が使われたというのは本当ですか?そこでの撮影はどうでしたか?
僕たちはあそこで撮影をするためにほとんど3か月交渉を続けました。工場の主人が嫌がっていたんです。前に嫌な経験をしていたからだろうと思います。すべての機材を持ち、スタッフも集めてずうずうしくも、ずっとお願いをしました。どうしてもあそこで撮りたかったんです。ベルフォード・ロショ、リオのレゲーが始まったあの地区で。いうまでもないが、ブラジル音楽、リオの音楽シーンにとってあの工場の偉大さはとてつもないものだったから。不幸にもそのすぐあと、工場は閉鎖してしまいました。おそらくこの映画が最後の記録だろうな。

プレッチーニョ・バビロンの中で日本人の聴衆に注意してみてもらいたいことは何ですか?
この映画はもう一つの違う映画に影響を受けているからからとても難しいと思う。ロッカーズを見たことがある人はこの映画を分かるかもしれません。影響を受けている上に、ダブのピアーダ(ブラジリアン・ジョーク)があって日本人には中々分からないんじゃないかな。また、俳優(ミュージシャン)達がリオでは得に知られていますが、日本人には関係ないですよね。日本人の観客に興味を持ってもらえるのはおそらくリオ・デ・ジャネイロの街の様子じゃないかなと思います。この映画はすべて本物だし、ポストカードには出てこないようなもっとオルタナティブなところをこの映画では見せています。

6月 17, 2008 at 11:25 pm コメントをどうぞ

THE RABADAS CINEMA CLUBE

ショートフィルム + DJs 最高ブラジルのパーティー

東京浅草にあるブラジル料理レストラン&バーQue Bom!にて毎月最高のDJ陣の音楽とともに、素晴らしいブラジル文化をみなさんにご紹介するイベントです。

Ta Tudo Dominado
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監督: Roberto Maxwell
28分/ドキュメンタリー/ブラジル/2003年
リオ・デ・ジャネイロ発 バイリ・ファンキアーティストのリアルな映像。

Pretinho Babylon
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監督: Cavi Borges e Emilio Domingos
17分/フィクション/ブラジル/2007年
ダブ・シティ リオ・デ・ジャネイロに暮らすラスタマンのある1日。

Neguinho & Kika
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監督: Luciano Vidigal
18分/フィクション/ブラジル/2005年
ファヴェーラに住む10代のカップルの恋愛物語とその悲しき運命。

DJs
Loco2
バイレ ファンキ
DJ Popozuda バイレ ファンキ
Shinji (Brazilian Black Music)
Antonio Yodobashi (MPB 60’s & 70’s)

THE RABADAS CINEMA CLUBE
ハバダス・シネマクラブ

場所
Que Bom! (キ・ボン! ブラジル・レストラン)
東京都台東区西浅草
2-15-13 B1F
tel: 03-5826-1538
www.que-bom.com

アクセス
東京メトロ 銀座線「田原町駅」3番出口 徒歩3分

日時
2008年7月6日
OPEN 18:30 ~
START 19:30 ~ (終電まで)

料金、その他
入場料:¥2,000
特別おつまみメニューのみ
お問い合わせ
090-3242-2247 (日本語)
080-5453-7629 / 090-5632-4979 (ポルトガル語/英語)
rabadas@gmail.com

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6月 4, 2008 at 11:03 pm コメントをどうぞ


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ケータイサイト
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スケジュール

The Rabadas Cinema Clube Vol.6
会場: Que Bom
日時: 6月14日 (日)
インフォ



愛しき祖国、ブラジル!


Roberto Maxwell e Sabrina Hellmeisterの作品

製作::
The Rabadas Cultura Clube
trailerへ

Rabadas Zine

写真

10月5日
The Rabadas Cinema Clube Vol. 3


8月5日 第2 イベント
The Rabadas #2 - August, 05th



7月6日 ー デビューイベント

The Rabadas #1 - July, 06th

@渋谷
The Rabadas Photo Session #1

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